小说原文:修正不能のプレリュード

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修正不能のプレリュード
 8/4 AM 11:02      0.571015

 ――タイムマシンがあったなら。
 誰でも一度は考える事だ。
 もう一度昔に戻って、そこからやり
直すことができたなら。過去を変える
ことができたなら。そう考えた人々が
嬉々としてタイムマシンについて話し、
ああもあろうこうもあろうと思いを巡
らす様子は、よくある夢のある話のよ
うに聞こえるかもしれない。
 だが、ちょっと待って欲しい。そう
したタイムマシンの話に食いつく奴が
いたらもう一度、その顔をよくよく観
察してみるといい。
 違うものが見えるかもしれない。
 その手のことを考える奴の顔が、夢
や希望で満ちあふれていることはない。
 ――タイムマシンがあったなら。
 それは、後悔の別名だ。
 もっと慎重であるべきだった。
 もっと賢しくあるべきだった。
 もっと注意を払うべきだった。
 あの頃にもっと頑張れば、あの時に
他の手段を探していれば、今ごろは、
本当は、こんなはずではなかったのに、
もっともっと素晴らしい「今」があっ
たかもしれないのに――
 その「今」になってようやくわかる。
タイムマシンを願う人々の声とは、た
だの夢や想像などではない。取り返し
がつかなくなってからでは遅い――そ
うした教訓だったのだ。
 去った時間が戻るわけではない。
 過去の出来事が覆るはずもない。
 ――タイムマシンがあったなら。
 それは、ただの絶望だ。

 では――タイムマシンがあったな
ら?
 絶望的な状況を前にして、何らかの
方法で過去が改変できるとしたら?
 決まっている。
 変えなくてはならない。
 こんな結末は認めない。
 ターゲットは八日前の15時頃。あの
頃の自分にメールを送ることができた
なら、こんな事にはならなかったはず
だった。タイムマシンのタイマーを
188#と入力し、トータル18字にな
るよう文面を整える。配線を見直し、
タイムマシンに敷いた座布団を確認し、
起動の際の質量増加に備える。
 タイムマシンは、ケータイの繋がっ
た電子レンジの形をしていた。
 メールを送ることで忌まわしい過去
を、そして現在を変えられるかもしれ
ない、時空を越えるたった一つの方法。
 Dメール。

 送信可能を示す紫色の放電が、のた
うち、電子レンジの筐体に絡みつく。
 熊蜂の羽音のような、重たく、低い
唸りが聞こえるなか。
 俺はケータイのメール送信ボタンを。
 押した――


 7/27 PM 14:28      1.130426

            ▲PLAY

「フゥーハハハ!
 諸君、我々のラボへようこそ。我が
名は鳳凰院凶真。この世界を変える発
明家にして狂気のマッドサイエンティ
スト、とでも名乗っておこうか。さて、
本日このムービーを目にした諸君に限
り、とてつもない秘密をお教えしよう。
人目を忍び、世を憚り、闇に隠れる秘
密組織の秘密であるっ!」
      ――秘密がダブってる件
「そこはスルーでご了承下さい。あと
収録中だ。ちょっと黙ってろダル」
       ――オーキードーキー
「我々の組織は未来ガジェット研究所
という。その名の通り、いまだ実用化
されざる研究とその開発のための……
つまりアレだ。秘密基地である」
       ――ねえねえオカリン

「我が名は鳳凰院っ凶ー真! オカリ
ンなどではない。で、なんだ、まゆり」
          ――うーんとね
          ――秘密組織の
         ――秘密基地って
      ――このラボのことー?
「そうだが」
          ――秘密なんて
        ――あったかなー?
「……いまその説明をしようとしてい
る。さあこのバナナをやろう。だから
お前もしばらく静かにしているよう
に」
       ――えへへ、オカリン
          ――ありがとー
「ええい次から次へと……いいか。こ
れは世に我々の存在を知らしめるため
のプロパガンダムービーだ。くだらな
い茶々を入れるんじゃない」
         ――ぷろぱんだ?
       ――ガンバムと聞いて
「まゆり、プロパガンダだ。パンダじ
ゃない。あとダルよ、危険すぎるから
プロパで切るな。万が一〝機関〟に知ら
れるとまずい。消されるぞ」
       ――フヒヒ、サーセン
「……ひょっとしてだが、黙ってるつ
もりとかないだろうお前ら。……ふん、
まあいい。編集する手間が増えて困る
のはダルだからな。この件に関する苦
情は一切受け付けない」
      ――え、これ編集すんの
           ――僕なん?
「当然だ。俺やまゆりに動画の編集が
できるわけないだろう」
       ――うお、言い切った
「さて、本日諸君にお教えする秘密と
は他でもない。我々未来ガジェット研
究所の真の目的についてだ。
 我が研究所において開発されるガジ
ェットは、そのすべてが来きたるべき最終ラグナ
聖戦ロックに備えるものなのだ! 我々は常
に、歴史の表舞台には出てこない闇の
〝機関〟との戦いにさらされている」
          ――脳内設定乙
「だが〝機関〟に比べて我らは少数精鋭。
この劣勢をはね返し奴らに対抗するに
はいかにも心もとない。そこで今回こ
の動画を通じ、我がラボでは諸君の力
を借りることにした!」
      ――わわっ、オカリンー
     ――急に手を振り回したら
         ――あぶないよー
「戦士よ来たれ! その身をもって槍
となし、その血をもって盾となせ!
今こそこのアキバの地から〝機関〟への
闘争レジスタンスを始める時なのだ!」
            ――妄想乙
「妄想ではない! いいか、当研究所
の真の目的、それはすなわち! この
世を影で支配する強大な権力構造、そ
して〝機関〟による陰謀の打破! そし
てその後来るべき混沌カオスの夜明けこそが
我が願いであるっ! 敵は国家レベル
の力を持ったおそるべき組織。だがこ
の野望を実現し、最後に勝利するのは
我々なのだよフゥーハハハ!」
       ――いやー相変わらず
       ――厨二病全開すなー
        ――あのねダルくん
    ――オカリンは夏になるとー
      ――「しゅつりょく」が
         ――上がりまーす
「厨二病だと? フ……違うな。これ
は世界の選択であり真理なのだ。お前
たち、よもや忘れたわけではあるまい。
奴ら〝機関〟がいかに無慈悲で無情、強
大な勢りょ


            ■STOP

 いきなりぷつん、と映像が切れた。
おんぼろブラウン管テレビの右肩にS
TOPの文字だけが表示される。
「あれ、止まった」
「故障か?」
「や、そんなことはなさげ」
 扇風機の前に陣取って動画を見てい
た我が相棒、橋田至――通称ダルがデ
ブい巨体を揺すり、テレビにつないだ
シャンパンゴールドのムービーデジカ
メに手を伸ばした。ビューモニタを引
っぱり出し、小さなファインダーを覗
きこむ。その太みじかい指からは想像
もつかない、なめらかな手つきだ。
「早急に原因を突き止めろ。なにしろ
このミッションには我がラボの未来が
かかっているのだからな」
「人にものを頼む態度じゃない件」
 ぶつくさ言いつつ、デジカメとテレ
ビの配線を確認しているダル。その様
子を横目にうちわを扇ぎながら、俺は
うんざりと空を見上げた。
 暑い。
 大学も夏休みに入った昼下がりであ
る。開け放った窓からはセミの声と、
申し訳ばかりのそよ風が入ってくる。
演説口調でわーわーがなりたてた後で
は焼け石に水の風量だ。換気扇を全開
でブン回してこれだから泣ける。
「意味もなく白衣なんか着てるから、
よけい暑いんじゃね?」
「クックック……この白衣に意味がな
いだと? 愚かな……本当にそう思っ
ているのか、ダルよ」
「ねーっしょ」
 うむ。
 秋葉原駅を出たところの中央通りを
まっすぐ進み、末広町駅の交差点を蔵
前橋通りへ左折。次の信号手前の路地
を入ったところにある大檜山ビル。こ
のボロいビルの二階が、我が未来ガジ
ェット研究所のラボだ。
 その談話室である。フローリングの
床にはファンシーなクッションが転が
り、季節外れのコタツテーブルの向こ
うでは扇風機が稼働中。テレビの上に
はみやげ物、冷蔵庫にはマグネットが
貼り付き、さらにはアニメグッズやぬ
いぐるみが積み上がった一角もある。
ラボというよりサークルの部室に近い。
〝機関〟に立ち向かう拠点というには、
緊張感に欠ける風情であった。
 ……こんなはずではなかったのだが。
 思わずうちわを止めて考えこんでし
まった俺に、ダルが顔を上げて言う。
「空き容量が足りなくなっただけみた
いすなー。だから録画の途中でぶった
切れたんだお」
「なに!? では俺の演説はどうなっ
た? この後も続いていただろう!?」
「つうかオカリンの話が長すぎんじゃ
ね。だいたい〝機関〟とか組織とか、妄
想しすぎっしょマジで」
 ……くっ。
 冷たい視線に抗すべく、俺はひらり
とソファの上に飛び乗った。
「妄想ではないっ! すべては真実だ
というのに、わからん奴だな!」
 ばさりと翻る俺の白衣に鬱陶しそう
な表情を浮かべ、ダルは犬かなにかを
追っ払うようにしっしっと手を振る。
「……オカリンが言うと、どこまで本
気なのかこっちの方がわからん件」
「ねーオカリン、どうしていつもそう
やって、ソファに立つのー?」
 フローリングの床にぺたんと座った
まま、俺を見あげる視線があった。淡
い水色のショートワンピに、膝丈のデ
ニムがのぞいている。ほわほわした口
調とは裏腹に、視線の主はちょっと太
めの眉を非難がちに寄せて。
「靴脱がなきゃ、汚れちゃうよー」
 言いつつバナナの皮をむいている。
 こいつは幼なじみの椎名まゆり。俺
とは二つほど離れた女子高生だ。これ
でもラボの設立当初からいる女幹部で
ある。なのだが、ラボの雰囲気をゆる
ゆるにしている元凶でもある。
 俺とダル、そしてまゆり。この三人
が未来ガジェット研究所の全メンバー
なのだった。ちなみにさっきからオカ
リンオカリンと連呼されているのは俺
の本名、岡部倫太郎の略称だがそっち
は忘れてもらいたい。魂の名は鳳凰院
凶真。血塗られた道を行くマッドサイ
エンティストに俗世の名など不要だ。
「いいかまゆり、靴を脱ぐか脱がない
かは大したことではない。大事の前の
小事というだろう」
「でもー、玄関で靴を脱いでるのに、
ソファに立つ時だけ履き直すのって、
おかしいよー」
 と、ωみたいな口を尖らせるまゆり。
 しかし俺にも言い分がある。
 数ヶ月前、大学入学ほどなくして俺
が立ち上げたこのラボは、もともとオ
ール土足だったのだ。その後まゆりが
加入してからというもの談話室にはフ
ァンシーな物体が、トイレには置くだ
け洗浄剤が鎮座し、玄関では靴を脱ぐ
よう決められてしまい、今ではまるで
所帯じみてしまっている。まったくも
って嘆かわしい話である。
 だがこの俺が、そんなのほほんとし
た侵攻におとなしく従うと思ったら大
間違いなのだよ!
「ククク……残念だったなまゆり。こ

の鳳凰院凶真はそんな決め事に縛られ
たりはしないっ! なぜなら俺は、こ
の俺こそが、狂気のマッドサイエンテ
ィストだからだ、フゥーハハハ!」
「……なにひとつ理屈になってねーの
に、その場の勢いだけで言い切るとか
マジパネェっす」
「掃除するのはまゆしぃなのに……」
 それはまあいいとして。
「よくないよー」もぐもぐ
「容量が足りないならメモリカードで
もなんでも足せばいいだろう」
 バナナを頬ばるまゆりを後目に、俺
は親指を立てて談話室の奥を示す。
 アコーディオンカーテンで談話室と
仕切られた向こうが開発室、我がラボ
の中枢部だ。今まで開発したガジェッ
トやPC、部品取りのパーツ保管庫で
もある。メモリカードぐらいならいく
らでも転がっているはずだった。
 が、ダルは手を振って。
「いやそれがさー、このシャクティShacti、
ネット動画の流行る前に出た初期モデ
ルなんだよね。外部ストレージのスロ
ットもねーんだお。出力端子も限られ
てるし、内蔵メモリも少ないし。デー
タ吸い出すケーブルもウチに置いてき
てるから、今からオカリンの動画取り
なおすんならこれまで撮ったやつ消さ
ないと無理ぽ」
 ダルの私物のそのデジカメは、動画
特化型のいわゆるムービーデジカメと
いうやつだ。見た目には、簡単にでか
いレンズのくっついたケータイが近い。
グリップだけを被写体に向けて撮影す
る操作感と、お手軽ムービー撮影専用
という割り切ったデザインが評価され
ている機種である。
 とはいえ割り切ったモデルの初期型
というのは、割り切りすぎているのが
常だ。シャクティもそのクチらしい。
「では他の動画を消せ」
「だが断る」
 即答であった。
「な……どういうつもりだ!?」
「どういうつもりもクソもねーお。コ
イツに入ってる他の動画っていったら
こないだオカリンが撮ってこいって言
ったやつじゃん。そっちを消してオカ
リンのむっさい妄想動画を残すとかマ
ジありえなす」
 愛用のキャップに手をやって、ダル
はやれやれと首を振る。ぼさぼさ頭を
収めているオレンジのキャップは、確
かOSのノベルティグッズだ。初期型
デジカメといいノベルティのキャップ
といい、ダルは妙に物持ちがいい。
「まさかオカリン、自分で言っといて
忘れてたとか?」
 …………。
 答えず、俺はポケットからすらりと
ケータイを取りだした。訝るダルを、
ちょっと待て、と手で制し、クリムゾ
ンレッドの筐体を耳にあてる。通話口
の向こうから帰ってくるのはまるでス
リープしているかのような沈黙。
 だが構わずに俺は「報告」を始める。
「俺だ。例の件の進捗に関して……そ
うだ。『拡散せる蜂起』作戦オペレーション・プロパガンダ。少々、こ
ちらで手違いが起こった。完遂までは
少し時間がかかりそうだ……」
 その俺の様子を見て。あーまた始ま
った、自演乙、とダルが肩をすくめた。

 我が未来ガジェット研究所は〝機関〟
に対抗するためのガジェット開発が目
的である。が、なにせ三人しかいない
うえにまゆりは実質戦力外。俺とダル
だけでは、今まで作ったガジェットを
改良したり不具合を直したりで手一杯
になってきた。このままでは新ガジェ
ット開発に支障が出かねない。ラボが
ラボとして機能するには、もう何人か
新たなメンバーが欲しかった。
 というわけで、新メンバーを募集し
よう、ということになったのだ。
 しかし悲しいかな、我がラボの知名
度は今ひとつだ。HPにもその旨告知
したものの今ひとつ効果が薄い。街宣
ビラを撒くことも考えたが、どうも俺
の文言とまゆりの字体が組み合わさる
と新興宗教とか電波っぽい感じになっ
てしまう。そこで、ニコニヤ動画あた
りに載せるための動画を撮ることにし
たというわけだ。さっき容量不足でぶ
った切れた俺の動画はこの募集ムービ
ーなのである。
 だが、その一方で。
 数日前、それとは別に、新メンバー
募集ムービーを各自で撮ってこい、と
ダルとまゆりに言い渡したんだった。
決して忘れてたわけでは。本当。うん。
 つい。
 これには少々わけがある。というの
も、そもそもは三本もムービーを用意
する必要はなく、俺の勧誘(?)動画だ
けを撮るつもりだったのだ。
 しかし、よく考えてみれば、だ。
 このプロパガンダムービーは、我が
研究所の極秘事項や〝機関〟の存在にも
触れる、危険きわまりない内容である。
新メンバー募集には慎重に慎重を重ね
るとしても、動画のしょっぱなからい
きなりこうした情報ではいかにもまず
い。もし何かの手違いでデジカメが人
手に渡り、動画を見られてしまったら
言い訳ができな……もとい、一般人に
は刺激が強すぎる。
 そうした万一の場合に備え、ダルと
まゆりに先に撮らせダミーとしておく

ことにしたわけだ。つまり万一の場合
の保険であり、目くらましである。だ
から内容だってろくに確認していない
し、俺もダルとまゆりに指示を出した
こと自体、うっかりしていた。
 だがまさかそのダミー動画のおかげ
で、空き容量が不足するとは。
 あまつさえ、ダルが消去を拒否ると
ころまではさすがに予測できなかった。
 ……まあ、撮った動画はPCで編集
するのだ。どのみち動画を吸い出すの
なら、いま慌ててダルやまゆりの動画
を消してしまうこともない。俺の動画
はまた後で撮り直すしかないか。
 二度手間もいいところだが。

「……ああ。現在サルベージする方法
を模索しているところだ。なに、それ
ほどはかからん。ムービーが揃うのは、
こちらの手はずが整う数日後……」
「ねえねえ、ダルくんの動画って、ま
ゆしぃも映ってるやつだっけー?」
 もっともらしく声をひそめて「報告」
を続ける俺をよそに、まゆりが首を傾
げた。ちなみにまゆしぃ、とはまゆり
の自称である。当人曰く、正しくは語
尾に星がついた「まゆしぃ☆」となる。
「そそ。フェイリスたんとまゆ氏の協
力を無にするとか許されざるお」
腕組みして頷いてるダル。
 このフェイリスというのは、ダルの
行きつけメイドカフェの看板メイドだ。
まゆりはなぜかフェリスと呼んでいる
が、正式名はフェイリス・ニャンニャ
ンという。ニャンニャンってなんだと
聞かれると、源氏名としか言いようが
ないのだが……うん。まあ。店に行っ
てみればわかる。ちなみにまゆりも同
じ店に勤務していて、そっちの源氏名
はマユシィ・ニャンニャン。ネコ耳カ
チューシャとカラフルなウィッグと語
尾にニャンニャンのつく応対がウリ。
 初心者にはかなりキツい。
「すっごく時間かかったもんねー。フ
ェリスちゃんが、なかなかオッケーっ
て言ってくれなくってー」
 どうやらダルは、新メンバー勧誘を
口実にメイドカフェで撮影してきたよ
うだった。もうこの時点で、勧誘の効
果は期待できそうにない雰囲気がぷん
ぷんしている。もっとも元からダミー
のつもりだったからそれはいい。
 だが、フェイリスはともかく、まゆ
りも映ってる、だと……?
 なにか嫌な予感がする。
「……フッ、案ずることはない。トラ
ブルは常に起こるものだからな。せい
ぜい老人たちの期待には応えてやるさ。
それが運命石の扉シュタインズ・ゲートの選択だ……エル・
プサイ・コングルゥ」
 最後に別れの合い言葉を呟き、ケー
タイをしまう。ちなみに、この合い言
葉とか運命石の扉シュタインズ・ゲートといった言葉には特
に意味はない。そういうものなのだ。
ご了承ください。
「ではダル、いま聞いたとおりだ。速
やかに手はずを整えるように」
「じ、自演終了乙……つーか聞いたと
おりってなんぞ? 勝手に電波とばさ
れてもワケわからん件」
 うんざりしている風のダルの肩を叩
き、俺は噛んで含めるように言い渡す。
「つまりこうだ。お前が撮ってきた動
画は消さなくていい。一時保留だ」
「いや、このデジカメ僕んだし。最初
から消すつもりなんてねーし」
「だがしかーし! この判断はあくま
でも一時的なものだ。動画の内容によ
っては一時措置の恒久化を考えないで
もない」
「いや、だから僕の話聞けし」
 あーもーオカリン語はほんとめんど
くせーな、と呟きつつ、ダルはしばら
く首をひねっていたが。
「……それはつまり、オカリンも動画
を見せて欲しいってことでFA?」
 うむ。
「オーキードーキー」
 頷いた俺にニヤリと笑い、再びデジ
カメを操作するダル。テレビからST
OPの表示が消え、シャクティのメニ
ューが現れた。容量が少ないというの
は本当らしく、再生できるサムネイル
はどうやら三つ。そのうち最後の一つ
にはさっきの俺の姿が映っている。
 その中の一番最初のサムネイルを選
択し、簡易ビューモードを選ぶとダル
はそそくさとその前に正座する。
 本気視聴モードであった。
「再生再生ポチっとな」
 ダルが太みじかい指でデジカメをい
じると、テレビの右肩に再生マークが
現れた。映っているのは、このラボの
近場にあるメイクイーン+2ニャンと
いうメイド喫茶の店内だ。ピンク色を
基調として、落ち着いた調度が人気。
 ややあって遠くの方から、きゅんき
ゅんと脳みそが痒くなるような曲が聞
こえてくる。めくるめく高周波。から
みつく萌え台詞。
 アニメ声のマントラ。
     ――きゅんきゅんぱぱーっ
     ――ぱっぱぱーぱーぱーぱ
     ――やんやんっげっちゅー
 そいつは、画面中央で猫のようなし
ぐさでくいくいっと片手を曲げ、小悪
魔的な笑みを浮かべていた。見た目に
はネコ耳とメイド服姿のコスプレ小娘。
 だが騙されてはならない。そいつは
〝機関〟とはまた別のベクトルを持った

脅威だ。その隣で、同じようにネコ耳
をつけた金髪ウィッグのまゆりが同じ
ようなポーズをしているものの、素人
目にも明らかに格が違う。さすがダル
を骨抜きにするだけのことはある。
     ――らう゛ぃんゆーうはーと
     ――どーけーこのーおーも
    ――ぃんっちゅっちゅー☆
「……で、なんだこのBGMは」
「僕の萌えソングアーカイブから無作
為抽出したオリジナルチューニングミ
ックスだお」
「編集前のはずではなかったのか?」
「今んとこ、シャクティの音声に直接
流しこんでるだけ。こういうのって音
楽ないとチェックしてても締まらん
し」
 ほれ、とダルがデジカメのグリップ
を見せる。カードスロットすらないコ
ンパネには、見たことのない端子がい
くつか追加されていた。なんだかわか
らんがまた魔改造をしているようだ。
 相変わらず、能力の使い方を間違っ
ている野郎である。
 ダルは普段めんどくせーとしか言わ
ないが、興味のあることには俄然やる
気を出す。PCを使わせればスーパー
ハカー級だし実はハード面も相当強い。
有能さだけで言えばまさにパーフェク
トオタク、それでこそ我が右腕と言え
ようフゥーハハハ!
 なのだが……
「はふー、フェイリスたんの萌え力ぢからは
五臓六腑に染み渡るお……」
 この趣味だけはどうかと思う。

           ▲PLAY

「メイクイーン+2ニャンに……」
「「お帰りニャさいませご主人様♪」」
         ――きゅんきゅん
「アキバの中央通りから、嬬恋交差点
を曲がってすぐ! メイクイーン+2
ニャンではマニア心をくすぐるおもて
ニャしと、チンチラ星のキュートなメ
イドがご主人様のお帰りをお待ちして
おりますニャー☆ マユシィ、門限の
ご案内をお願いするニャン」
         ――にゃんにゃん
「お願いされましニャンニャン。ご注
文はー、えーっと、お昼の11時から、
フードが20時まででー。その他のラス
トオーダーは21時ですニャンニャン♪
……んーと、フェリスちゃんー?」
         ――りゅんりゅん
「どうかしたかニャ、マユシィ」
「あのね、メイクイーンにチンチラ星
って設定、あったかなー? って思っ
て。ニャンニャン」
「マユシィ、チンチラ星は設定ではな
いニャ。今はもうなくニャってしまっ
たフェイリスの故郷ニャ。ネコ耳とニ
ャンニャン語の闊歩する、それはそれ
は美しい惑星ほしだったのニャ……」
「そうだったんだーニャンニャン」
         ――ちゅんちゅん
「ああっ、なんてことニャ! マユシ
ィはそんな大事なことも忘れてしまっ
たのニャ? フェイリスとマユシィは、
たった一つの脱出ポッドに身を寄せあ
って命からがら逃げてきたのニャ」
「えっ? そうだったのー? ニャン
ニャン」
         ――ぴぁんぴぁん
「でも安心するニャ。失われたマユシ
ィの記憶を取り戻す方法は、まだ一つ
だけ残されているのニャ。チンチラ星
で託され、フェイリスが今までずっと
守り続けてきた秘法……それをついに
解放するときが来たのニャ!」
「そうなんだー、よかったー☆ ニャ
ンニャン」
「ひとごとではないニャ。この秘法に
はマユシィの協力が必要ニャ」
「えっとー、じゃあ、どうしたらいい
のかなー? ニャンニャン」
         ――のょんのょん
「それにはまず……これニャ!」
「わあ、ポッキーだー♪ニャンニャン」
「そして輪っかポテトニャ!」
「パフェのトッピングで、使うんだよ
ねー。でもね、まゆしぃは輪っかポテ
トだけで食べた方が、おいしいと思う
なーニャンニャン」
「レシピではチビノワと書かれてるニ
ャン。だけど、生産終了しちゃったか
らこれはPBの類似品ニャ」
「レシピってー? ニャンニャン」
「ザギンのムードリブークラに伝わる
チャンネー必読の古文書なのニャ☆」
「わー、フェリスちゃんって古文書、
読めちゃうんだーニャンニャン」
         ――ぬゅんぬゅん
「それじゃールールを説明するニャン」
「秘法って、ルールがあるんだねー」
「まずジャンケンして、負けた方はポ
ッキーをくわえるニャ」
「あ、負けちゃった……はむ」
「次に、この輪っかポテト盛を、あっ
ちのお皿にポッキーで移すニャ」
「むむむー。チョコの付いてない方で
やると、すべって難しいー」
「しかるのちに――」
「ひゃわわわー!? フェリスちゃん、
なにするのー」
「こうやってくすぐられて、マユシィ
が輪っかポテトを落とせばフェイリス
の勝ちニャン。落とさなかったらマユ
シィの勝ちニャ。敗者はご主人様から
青汁をおごってもらえるのニャー

ン♪」
「ゎわー、葉っぱの味がナマ臭いよー」
「さあここからが本番ニャン。次のゲ
ーム、ご主人様はフェイリスとマユシ
ィのどっちに青汁をおごりたいかニャ
ー? オッズは三対一、希望者はカウ
ンターでお申し込み下さいニャン☆」
        ――うおおおおお!

            ■STOP

 眉間を揉みつつ、俺はようやくのこ
とで口を開く。
「……なんだこれは」
 停止ボタンを押した後も、ダルは恍
惚とした表情を浮かべていた。
「なんだって決まってるお。これぞフ
ェイリスたんの新必殺技、メイドさん
同士のポッキーゲームでハート☆キャ
ッチピュアピュア! ご主人様のハー
トもワシ掴みだー!」
「やかましい! フェイリスとまゆり
が延々とくすぐりあって、青汁一気し
ているだけではないか!」
 メイドキャバクラの呼び込みか。
 しかもまゆりに至っては、輪っかを
ボロボロこぼしまくるわ青汁にむせる
わポッキーの溶けたチョコをほっぺた
にくっつけるわ……なんかこう、新人
アイドルの罰ゲームのようであった。
「だいたい、思いっきりメイクイーン
にようこそって言ってるぞおい。ラボ
への勧誘はどうなった?」
「問題ない」キリッ
 なにがそんなに誇らしいのか、キメ
顔で言い放つダル。
 うわー殴りたい。
「……ダルよ、俺は新メンバー募集の
動画を撮ってこいと言ったはずだ。こ
れではまるっきりメイクイーンの販促
ムービーではないか。こんなものが使
い物になるかっ!」
「でもさあ、オカリン確か『ラボの活
動内容は秘密にしつつ募集しろ』とか
言ってたじゃん。それってかなり無理
があるっつーか、無理だろ」
 ……確かに、無茶な要求ではある。
もともとダミーのつもりだったからな。
 実際にこの動画は、まるっきり、百
パーセント、これっぽっちもラボの紹
介はしていないわけで、その点ダミー
としては申し分ない。だが、メンバー
募集のそぶりすらないのはもうちょっ
となんとかならなかったのか。
「あのねオカリン、フェリスちゃんが、
こういうのの方がいいよーって教えて
くれたのー」
 フェイリスの場合、それはどう考え
ても親切心ではない。こうして俺がイ
ライラしているであろうことも見こし
て、ただ単に面白がってるだけとしか
思えないのだが……ダルとまゆりが相
手では説明しても無駄か。
「まあいい。この動画は消すぞ」
 説得を諦め、デジカメを操作しよう
とした俺の手首をダルが掴む。
「だが断る。メイドさんいちゃこらム
ービーの価値を解さないとか、嘆かわ
しいにもほどがあるお」
 こ、こいつ……
「……いいかダル、我がラボは常に深
刻な人材不足にあえいでいる。新たな
ラボラトリーメンバー、すなわち新ラ
ボメンが必要なのだ。ラボメン勧誘と
失敗作の動画、どちらを優先させるか
はいうまでもなかろう!」
「フェイリスたんの動画に決まってる
だろ常考。つーかさあ、さっきみたい
なオカリン動画でラボに入ろうなんて
普通思えねーお。あれならまだフェイ
リスたんとまゆ氏のニャンニャン動画
の方が釣れんじゃね?」
「そういう問題ではないっ!」
 と。
 ぎりぎりぎり、とにらみ合う俺とダ
ルの様子を交互に見比べていたまゆり
が、ふいにぽんと手を打った。
「じゃあね、まゆしぃが撮ってきた動
画と比べて、一番いらないのを消すっ
ていうのは、どうかなー?」
「そういやこの三つめの動画ってまゆ
氏のだっけ。僕のフェイリスたん動画
に挑むとか、すげー自信ありげ」
 まゆりの提案に、ほほうおもすれー、
と声を上げるダル。
 だが……クックック! バカめ!
 忍び笑いを隠しきれないままケータ
イを取りだし「報告」する俺。
「俺だ……残念な報告だ。仲間のムー
ビーの一本が使い物にならなくなった
……ああそうだ。だが、すでに手は打
ってある。お前もよく知っているだろ
う。保険は何重にも用意しておくのが
この俺のやり方だとな……エル・プサ
イ・コングルゥ」
 別れの合い言葉を言い終わらないう
ちに、まゆりが得意げに胸を張る。
「えっへへー。実はねー、まゆしぃの
撮ってきた動画は、誰にどういうこと
言ってもらうのか、あらかじめオカリ
ンがぜーんぶ決めちゃってるのです♪
まゆしぃはシャクティさんで撮影しに
行っただけなんだよー。だからね、た
ぶんオカリンには文句言われないと思
うなー」
「げげ。マジすか。そんなの勝負にな
んねーじゃん」
 言いつつ、デジカメを操作するダル。
 カーソルが三つめのサムネイルを選
択すると、再びテレビの右肩に再生マ

ークが現れた。
 今度の場所は屋外だ。敷きつめられ
た玉砂利に灯籠、そして背後のビル群
と比べるまでもなく控えめな社殿。さ
さやかな敷地のわりに木立が多い、秋
葉原駅近くの柳林神社だ。
 そこに、巫女装束の可憐な少女が一
人、おろおろと立ちつくしている――
 いや。
 巫女装束である。可憐である。か細
い首元のチョーカーが清楚な印象を与
えている。まゆりの同級生である。は
かなげ。キュート。おしとやか。
 文句なし。
 だが残念なことに、この少女のよう
な奴は少女ではない。
 漆原るか。
 男だ。
「じゃあねー、この動画を見終わって
から、どの動画を消すか、決めようと
思いまーす」
 ……え? あ、うん。
 それは構わんが……
 動画を消すとか消さないとか、いつ
の間にかまゆりが仕切る流れになって
ないか?

           ▲PLAY

   ――この、れっくってボタン?
     ――もう押しちゃったよー
「え? え? そんな、まゆりちゃん、
ボクまだ心の準備が……」
    ――うん、撮れてるみたいー
      ――いいよーるかくーん
        ――本番いきまーす
        ――さーん、にーい
「あ、あの……ボク、やっぱり……」
            ――いちー
「こんなの……」
           ――うーんと
         ――困ったらねー
       ――オカリンのカンペ
         ――見てくれれば
           ――いいよー
「岡部さ……じゃなくて」
「凶真さんが用意してくれたカンペっ
て……これ?」
            ――きゅー
「…………っ!」
「……あ、え……と……」
「この動画を、ご覧になった……」
「紳士……? じゃなくて、その
……」
「……あ、あぁぁ」
「ええっと……」
            ――せんし
「戦士の……みなさんに」
「お願いが……あるんです……」
「未来ガジェット研究所、では……」
「構成員を……」
「募集して……ます……」
「え……と」がさがさ
「なお以下の者は特に優遇する……」
「発明家」「秋葉原在住」「セレブ」
「謎の怪力」「闇の武術」「科学者」
「辛い過去」「サバイバル技能」
「魔眼」「身体のどこかにアザ」
「前世の記憶」「失われた飛行石」
「それっぽいならなんでもいい」
「あと……」
「宇宙人」「未来人」「超能力者」
「も募集中と言っておけ……」
            ――ああー
    ――カンペそのまま読んじゃ
          ――ダメだよー
「ご、ごめんなさい……」

            ■STOP

 そうそう、こういうのでいいのだ。
 謎の研究所が構成員を募集。特技の
ある奴優遇。そうしたミステリアスな
情報を可憐な美少女が伝えるだけで、
怪しく、そして魅力的な誘蛾灯のでき
あがりというわけである。
 まあ、この美少女は男だが。
 男だが。
 デジカメの停止ボタンに手を伸ばし
た俺に、テレビの画面に食い入るよう
に見入ったまま、ダルがぼそりと呟く。
「……相変わらず、るか氏の巫女っぷ
りはパネェすなー。コスプレだけなら
フェイリスたんにも引けを取らんお」
「ルカ子の巫女装束は家業だ。あの猫
娘のコスプレと一緒にするな」
 漆原るかはれっきとした柳林神社の
跡取りである。だが、なぜか父親であ
る宮司の方針により、巫女として育て
られたという。今でもこうして巫女装
束で家の手伝いをしているというのだ
から畏れ入る話だ。当然今までも散々
いろいろ言われてきたのだろうし、当
人にとってはあまりに無体な話だが、
俺はあえて奴をルカ子と呼んでいる。
「なぜなら、そう……人は理不尽な運
命を受け入れ、乗り越えてこそ強くな
れるのだから……」
「そうだったんだー。まゆしぃは、オ
カリン無神経だーって思ってたー」
「や、いま思いついただけだと思われ」
 くっ……人聞きの悪いことを言う奴
らだな。まあ、その通りなのだが。
「……でもるか氏んとこ、姉ちゃんが
いるって聞いたことあるお。なんかそ
っちは普通に育てられたとか」
 ……は?
「待てダル。では、なぜルカ子が巫女
でなくてはならんのだ?」
 て、てっきり俺は「跡取りは巫女で

なくてはならないしきたりが」とか、
そこで「一人息子のルカ子を否応なし
に巫女に」とか、RPGあたりでお決
まりの話だと思っていたのだが。
「うーんと、るかくんのお父さんの趣
味だって聞いたこと、あったかなー」
「……マジすか」
 うん、るかくんのほうがかわいかっ
たんだってー、と頷いたまゆりに、俺
とダルは思わず顔を見合わせる。
「………………」
「………………」
 なに考えてんだ、宮司。
 嫌な感じの沈黙をよそに、あわれな
巫女(男)の動画はさらに続く。

           ▲PLAY

            ――はーい
        ――おっけーでーす
        ――おつかれさまー
「こ、こんなのでよかったの……?」
           ――うんうん
     ――とってもよかったよー
     ――それにしてもるかくん
     ――ほんとにかわいーねー
「やだ……まゆりちゃん、変なこと言
わないで……」
       ――ううんるかくんー
   ――かわいいのは変じゃなくて
          ――正義だよー
「そんな……ボク、凶真さんに五月雨
を貰ってから、これでも素振りとか
……ちょっとずつだけど、男らしくな
ってきたのに……」
           ――んーとね
         ――まゆしぃには
   ――るかくんがどう変わったか
      ――よくわからないよー
「そ、そんな……」
          ――じゃあねー
       ――いまちょっとだけ
     ――その「さみだれ」って
       ――木刀振ってみてー
        ――カメラごしなら
   ――るかくんの男の子らしさが
         ――わかるかもー
「ほ、本当に……?」
        ――ほんとほんとー
「じ、じゃあ……」
「えいっ」       ――いーち
「やあっ」       ――にーい
「たあっ」       ――さーん
「やっ」        ――しーい
「っ」         ――ごーお
「……っ」       ――ろーく
「んぅ……っ」     ――しーち
「くっ……ん……」   ――はーち
「…………ぇぃっ」   ――きゅー
          ――あと一回ー
          ――がんばれー
「……ぅっ」
「もう……だめ……!」 ――じゅー
「はぁっ……はぁっ」
             ――わー
         ――すごいすごい
     ――るかくん頑張ったよー
         ――いますっごく
           ――男の子ー
「ほ……」
「本当……? まゆりちゃん……」
        ――ほんとほんとー
        ――あ、るかくんー
「……はぁっ……はっ」
「え……な、なに……?」
      ――汗かいちゃったねー
「あ……」
         ――暑くないー?
「う……うん……」
「ちょっとだけ……」

       ――巫女さん装束って
       ――汗で濡れちゃうと
        ――よくないんじゃ
         ――ないかなー?
「え? うん。襦袢があるからそうで
もないけど、あんまりよくは……」
       ――ちょっと胸元とか
       ――開けておこっかー
「でも……」
           ――きっとね
        ――その方がもっと
       ――男の子っぽいよー
「そう……なの?」
           ――そうそう
「こ、こう……?」
            ――うーん
       ――やっぱりいいねー
     ――それぐらいはだけると
         ――開放的だよー
「よくわからないけど……」
           ――いいねー
        ――すごくいいよー
         ――男の子だよー
「そんなぁ……」
        ――じゃあるかくん
       ――もうちょっとだけ
   ――積極的になってみないー?

            ■STOP

「何をやっているまゆりー!!」
「ね、ね、見た見た? このるかくん
すっごくかわいいよねー。はふぅ」
 がくがくと俺に揺さぶられつつも、
頬に手を当て顔を赤らめているまゆり。
「これねー、あともうちょっとでまゆ
しぃの作ったコス、着てもらえそうだ
ったんだよー」
 あわや全脱ぎまで行ったところでル
カ子が正気に戻ったらしいが……まゆ
りめ、まったくもって確信犯である。
 お前はエログラビアのカメラマンか。
「優勝」
 その声に振り向けば、ダルが鼻から
つつーっと一筋の血を垂らしていた。
「僕のシャクティにこんな感動巨編が
刻まれるなんて思ってもみなかったお。
これは子々孫々まで伝えていくべき文
化遺産に違いなす。神動画ktkr」
 うんうん、と頷きながら、テレビと
デジカメの結線を外し始めるダル。
「んじゃ、消しとく動画はオカリンの
で決定って事で」
「な、なんだと!? 血迷ったかダル!」
「へ? なに言ってんのオカリン。ま
ゆ氏がさっき言ってたじゃん。消す動
画はまゆ氏の動画見てから決めるっ
て」
 つかみかからんばかりの俺に対し、
ダルは檻の中の珍獣でも見るような眼
差しを向けた。
「まゆ氏の動画と僕の動画は内容もあ
るし切れてもねーけど、オカリンの動
画はただの妄想で、しかも切れてる。
どう考えても消しとくべきはオカリン
動画しかねーっしょ常考」
「バカな! なんのためにお前たちに
動画を撮らせたと思っているのだ!
それもこれもラボメン募集が最優先と
いうことを忘れたのか!」
「つっても、オカリンの妄想動画でラ
ボメンが増えるとは思えんし」
「ほう、それはどういう理由でだ?」
「オカリンの話は妄想だから、としか
言えんお」
 わずかな沈黙が訪れた。
 扇風機の風切り音と、首振り機能が
かっこんかっこんいう音、そして窓辺
から入ってくるセミの声だけが、やけ
に大きく響いている。まゆりはクッシ
ョンを抱きしめ、俺とダルを見上げた
まま困ったような顔をしていた。
 シャクティを片付けてしまったダル
は、はー、と一つ息をつく。
 そして何を思い立ったのか、のその
そと談話室の隅にあるPC机に向かっ
たかと思うと、その棚から一冊の雑誌
を抜き出して見せた。
「例えば、世間にはこういう人だって
いるわけだけど」
 それは科学雑誌の先月号だ。専門誌
ではないが、カラフルな誌面とわかり
やすさ優先の内容がウリの、中綴じの
やつ。ダルはその巻末あたりを開いて
見せる。特集や大きな記事にはできな
いようなニッチな発見や報告、直近の
ニューストピックがまとめられている
記事欄だ。研究者の動向なんかも含ま
れている。
 その中でも、かなり大きなスペース
を割いて紹介されている人物があった。
 牧瀬紅莉栖。ルビがなければ、どう
読むのかわかりづらい名前。
 長く伸ばした明るい髪の印象的な、
そして整った顔つき。なのに、どこか
険の強い――というか、あからさまに
ぶすったれた感じの若い女性だ。いや、
少女と言ったほうがいいのか。記事に
もそう書いてある。
 しかし、見事なまでの仏頂面だ。写
真に撮られたとき、どこか虫のいどこ
ろが悪かったのだろうか。
「誰だ、これは?」
「なんか話題の天才少女なんだって。
いま十八なんだけど、もうとっくにア
メリカの大学出てて、論文がサイエン
スに載ったとかなんとか。たまたま日
本に帰ってきたけど、講演依頼がひっ
きりなしって話だお」
 美人で天才とかチートすぐるだろ、

リア充乙、とぶつぶつ言ってるダルに
俺はひと睨みくれてやる。
「……それで、何が言いたい?」
「こういう人の話だったらそりゃみん
な喜んで食いつくけど、オカリンの妄
想話を聞きたがるような物好きはそう
そういねーお」
「フ……くだらんな。こんなにホイホ
イと表舞台に出てくるような奴では、
闇に蠢く〝機関〟に対抗することなどで
きはしない。いや! むしろ、権力の
手先として我が野望の敵に回る可能性
すらある。こんな奴の言うことを聞き
たがるような凡愚どもには用などない
な! フゥーハハハ!」
「いやだからさー、それが妄想だって
のに」
 と、それまでぽかーんと俺とダルを
見上げていたまゆりが口を挿んだ。
「ええっとね、まゆしぃには、オカリ
ンの言うことが難しくってよくわかん
ないんだけど」
 言いつつ、まゆりはほわわ、と微笑
んだ。
「どういうことー?」
「決まっているだろう! 我がラボに
加わるべき新メンバーは、俺の話を聞
きたがるような奴でないと務まらない
ということだ!」
「……力込めて言うような内容じゃね
ーし、そんな事言ってるからラボメン
三人しかいねーんだけど、まあ、そこ
まで言い切れるってのはすげーよね」
 だいたいラボつっても、ガラクタ作
ってるだけだし、と顎をしゃくってみ
せるダル。
 その先にあるのは開発室、そして床
にごろごろ転がっている発明品の数々。
それらはすべて我がラボの成果であり、
未来ガジェットである。こうしたもの
のほとんどは、ジャンク屋で捨て値で
買ったり粗大ゴミから拾ってきたのを
くっつけたものが占める。
 総じてゴミっぽい。それは認める。
 だが。
「ガラクタではない! いいか、世界
の構造を変える発明とは、こうした無
駄に思える物からある日ひょっこり現
れるものなのだ。ペニシリンにしろX
線にしろダイナマイトにしろ、すべて
は偶然から生まれたのだから!」
「んでもさー、実際ガラクタ成分多め
っしょ。特にほら、こないだ作った電
話レンジ。あれなんかレンジとしてす
らまともに機能してねーし」
「まゆしぃはね、ちゃんと使えてるよ
ー♪」
「電話レンジ(仮)だ。あくまで八号機
の正式名称が決まるまでの仮称である
ことを忘れるな」
「激しくどうでもいい件」
 電話レンジ(仮)というのは我がラボ
の最新作、未来ガジェット八号機のこ
とだ。電子レンジに専用ケータイをつ
なげ、他のケータイから遠隔操作でチ
ンできるようにすればすっごい便利な
のではないかと思って作ってみたのだ
が……あらかじめ解凍するものを入れ
ておかなければならんとか、ケータイ
とレンジの周波数が同じで混線しがち
とか、うまく解凍できんとか、なんか
いろいろ微妙な感じであった。
 思いついたときにはものすごい発明
だと思ったんだが、ままならないもの
である。
「それについては明日、発表会から帰
ってきてから検証する。お前はそれま
でもう一度、電話レンジ(仮)の配線が
間違っていないか見ておいてくれ」
「そういや明日って、ドクター中鉢の
記者会見だっけ? 確か、タイムマシ
ンが完成したとかいう」
 うへー、という表情を浮かべたダル
からわざとらしく顔を背け、愁いを帯
びた表情を作ってみせる俺。
「そう。ヤツは俺と同じく、この世界
を混沌カオスに突き落とそうとする側の人間
だった……にもかかわらず野に下り、
あまつさえ! この俺を出し抜いてタ
イムマシンを作ったというのだ」
 フ……と口端を歪めてみせる。
「それならばヤツのタイムマシンとや
らをしかと見てやる。そして……嗤っ
てやろうと思ってな。ククク」
 くくく、と声に出す俺を、菩薩のよ
うな表情で見やってダルが呟く。
「設定乙」
「設定ではないっ!」
「……ま、オカリンもたいがいアレだ
けど、ドクター中鉢みたいな人と比べ
たら、それでもいいのかなって気がす
るから不思議っすなー」
 そうだ。
 ドクター中鉢は理論物理学者で、テ
レビにも露出するような有名人だが、
なぜだかタイムマシンにこだわってこ
だわってこだわったあげくに学会を飛
び出てしまった変人だ。
 そのタイムマシンが、このたび完成
したとブチ挙げるような人物である。
 もちろん誰も期待なんかしていない。
タイムマシンとやらの中身がどうせま
ともなものじゃないことぐらい、誰だ
ってわかっている。だが、そういう奴
の元にだって人は集まるのだ。野次馬
であろうと冷やかしであろうと、話を
聞いてみよう、という奴は現れる。こ
の俺のような奴がな。
 そういうものなのだ。ご了承下さい。
 ――と、そのとき。

 いやらしくほくそ笑んだ俺のポケッ
トの中で、ケータイがゴッゴッと着信
を告げた。おおかたフェイリスかルカ
子から、動画の件を聞かれるのだろう
と思ってチェックしたのだが――
 なんだ、これ?

 [Date] 8/4 AM 10:02
 [From] 鳳凰院凶真
 (mad-phoenix-kyoma@egweb.ne.jp)
 [Main] プロパ動画は

 [Date] 8/4 AM 10:02
 [From] 鳳凰院凶真
 (mad-phoenix-kyoma@egweb.ne.jp)
 [Main] 消去せよ残す

 [Date] 8/4 AM 10:02
 [From] 鳳凰院凶真
 (mad-phoenix-kyoma@egweb.ne.jp)
 [Main] と後悔する!

 俺からメールが来た……?
 タイトルのない、えらく短いメール
が三通。しかも、タイムスタンプが八
月になってるぞ?
 ……ひょっとして、メールサーバー
の遅配か何かで以前出したメールが今
ごろ届いた、りしたのだろうか。去年
海でおぼれたはずの友達から一年遅れ
でメールが、とかいうのは怪談ではよ
くある話だ。もちろん俺には海でおぼ
れた友達はおらんが。
 しかしこの場合、送信主も俺である。
アドレスといい送信者名といい間違い
ない。その俺はピンピンしているし、
だいいちこんなメールを送った覚えも
ない。
 内容の方はというと、どうやら動画
を残すと後悔する、と警告しているよ

うなのだが……プロパ動画というと俺
のプロパガンダ動画のことか?
 よくわからんメールだった。
「んあ? オカリン、何かあったん?
変なスパムでも開いちゃったとか」
「い、いや……」
 俺の視線を受けたダルは、怪訝そう
な顔をしている。よもや何かイタズラ
でも仕掛けられたのかと思ったが違っ
たようだ。
 ……じゃあ、なんだこのメールは。
 バグにしては内容がやたらと具体的
なところが気になるが……そういえば、
動画を消すとか消さないとかいう話を
していたんだったか。ラボメンを勧誘
するという当初の目的からえらくズレ
たものである。
 冷静になって考えてみれば、結局の
ところ俺の動画は尻切れたままなのだ。
どのみち撮り直す必要がある。めぼし
い動画は後日、ダルにシャクティの吸
い出しケーブルを持ってこさせてPC
に退避させるにしても、今ある俺のぶ
った切れ動画は消える運命にあった。
 なので、なおのことこのメールが消
去しろと念を押す意味がわからん。
 うーむ、とケータイをしまいながら
首をひねっていたが。
「えっと、オカリンの動画って、別に
消さなくてもいいんだよねー?」
 ふと。
 気が付けば、まゆりが白衣の裾を引
っぱって俺を見上げていた。
「いや、俺の動画はまた後日にでも撮
り直しだ。面倒だが」
 そう答えると、まゆりはそれがもっ
たいない、というのだった。
「まゆしぃね、今までずっと考えてた
んだけどー」
 けど?
「今ある動画を編集して、ちゃんとす
るっていうのは、どうー?」

 ……はい?


 8/4 AM 10:35      0.571015

 ――タイムマシンがあったなら。
 誰でも一度は考える事だ。
 過去の俺に言ってやりたい。
 なぜ面倒くさがったのかと。
 なぜ動画を撮り直さなかったのかと。
 なぜまゆりの言葉に従ったのかと。
 なぜダルに編集を任せたのかと。
 そう、問いつめてやりたかった。
 視界には、ちょうど実働試験に行き
詰まっていた電話レンジ(仮)の姿。
 即座に思いつくのは、あの時受け取
ったDメールが「動画を消去しろ」で
はなく「動画を取り直せ」だったなら
――という可能性。どういう文面なら
過去の俺を説得し、あのできそこない
の動画をこの世から消し去れるのか、
俺はそればかりを考えていた。
 怒りに震えながら。
「いやーなんかオカリンの電波を編集
してたら、狂気のMADサイエンティ
ストってネタが頭から離れなくなって
困ったお」
 そんなことをほざきつつ、どや顔の
ダルが持ってきた編集ムービーはおお
むねこんな感じであった。

            ▲PLAY

「フゥーハハハ! 諸君、我々のラボ
へフゥーハハハ! 我が名は鳳凰院フ
ゥーハハハ! 狂気のマッドフゥーハ
ハハとでも名乗ってフゥーハハハ!
さて、本日フゥーハハムービーを目に
したフゥーハハハに限りとてつもない
フゥーハハハ!
 人目を忍「フゥー!」
 世を「フゥー!」
 闇「フゥー!」
 ハハハ秘密フゥーハハハのフゥーハ
ハフゥーハハハフゥーハハハハハ!
 エル・プサイ・フゥーハハハ!」

            ■STOP

 原形をとどめないほど切り貼りされ、
高速で腰を振りたくる俺がいた。哄
笑を続けるその姿を前にして、俺はひ
たすらに耐えている。
 なにか言ったら負けという気がした。
 だが俺のプライドに構うことなく、
まゆりとダルは好き勝手なことを言う。
「わー、オカリン、昔いた芸人さんみ
たいだねー♪ でも、こんなにカクカ
クカクーって動かすと、腰に良くない
んじゃないかなー?」
「wwうwwはwwww一ww発ww
ww屋wwww乙wwwwwwwww
 wwwwwwwwマwwジwwww
基wwwwww地wwwwww」
「………………」ぷるぷる

 結局、このDメールによる過去改変
実験はことごとく失敗し、プロパガン
ダムービー改めMAD動画は速攻ゴミ
箱行きになったという。
 ダルごと。


                了



※文中で使われている「掴」という漢字の【国】の部分は、実際には【國】が使われている。